ロード中...
トップ画像

千年の祈りのかたち ユネスコ無形文化遺産「感応楽」を求めて

挑む   まなぶ   極める  
2023.8.16

まちの日常に触れられる、さまざまな名所や体験をご紹介してきた、活まちコラム。今回は、2年に一度(!)の貴重な機会に、ぜひ見て、触れて、感じてほしい、ちょっとディープな豊前をご紹介します。

〈天地と感応する躍動的な舞〉

みなさんは、古くは平安の時代から、今も各地で伝え継がれる「風流踊(ふりゅうおどり)」をご存知でしょうか? 目を惹く衣裳や、躍動感あふれる舞と音楽を特徴とする風流踊は、全国で無数に受け継がれているといいます。この内、北は岩手県から南は宮崎県に至る、全国41の地域で伝承、保存されているものが、2022年11月、新たにユネスコ無形文化遺産として登録されることに決定しました。

登録された風流踊の一つ「感応楽(かんのうがく)」は、豊前市四郎丸地区で伝承されるもので、地域では楽打(がくうち)と呼ばれています。

感応楽。大富神社で行われる、春の神幸祭(じんこうさい)にて、西暦の偶数年(隔年)4月30日と5月1日に奉納される

感応楽は、「楽を打つことによって天地と感応し、祈りや願いを伝える」ことを意味し、大干ばつとともに疫病の蔓延した、第42代文武天皇丁酉年(697年)に始まったと伝えられています。この踊りにより、災厄を祓うことに成功した人びとは、村の住民が、三戸になるまで、永久不滅に舞楽を奉納すると誓ったと伝わっているのだとか。誓いが今なお生きていることになるのですね……。

楽打は「読み立て(よみたて)」により、祭文を奏上することに始まる、全19楽で構成されたおよそ30分。「中楽(なかがく)」や「団扇使い(うちわつかい)」が楽打の中心を担い、鉦や笛といった囃子方がこれに加わり、楽を奏でます。

はじめに祭文を奏上する「読み立て」は、小学生の役割。中学生になると「団扇使い」を、高校生頃からは「中楽」を務めるようになる。約10キロの締め太鼓を胸に抱え、激しい動作をくり返して舞う中楽は、体力のある青年が担うことが慣例(写真:大富神社提供)

〈古からの伝承に忠実に〉

感応楽のユニークさの一つは、この役回りの構成に特徴があるところ。それぞれが偶数人数で構成され、四郎丸地区の中でも、東に位置する「前の谷」と、西に位置する「迫の谷」から、それぞれ同数のメンバーを出し合います。この習わしまでもが、今に至るまで受け継がれています。

「感応楽は昔から、二つの谷でそれぞれに練習し、本番で一緒に舞うというのが決まりです。両方の谷で話し合い、統一した舞ができるようにしています」と説明するのは、感応楽の担い手の一人、上森悠史さん。四郎丸地区に生まれ、物心つく前から、感応楽に参加していたといいます。

普段は豊前市役所で働いている上森さん
前回の奉納では、舞の中心となり、メンバーを引っ張る左引きを務めた(写真:大富神社提供)

別々に練習していたメンバーが、息を合わせて30分の舞を踊り切ることは、大変なことに感じられますが、谷ごとの練習と合同練習を合わせて、本番前のおよそ2週間と決められているのだそう。

「練習期間も昔からの決め事です。この練習を『ならし』と呼びますが、ならしからしか正式な練習は行いません。『ならしのならし』と呼んで、初めての人は自主練をしたりもしていますね。自分も初めてのときは、DVDを見て練習していました」と続けます。(さすがは現代!)

それでもうまく舞がまとまるのは、中楽の中でも「左引き(ひだりひき)」の役割を担う2人のリーダーシップの賜物なのだとか。

大富神社の神幸祭で舞う正式な奉納に、中楽として参加できるのは、通しで3回まで。回数を追うごとに「新楽・中楽・左引き」と呼び名も変わり、左引きを務めると引退して、古楽や世話人という役回りになることが決められています。

「舞うメンバーに声を出して、合図を送るのが左引きの役割で、その人の掛け声によって、楽の長さが変わったりすることもあります」と上森さん。即興性も併せ持つ舞に仕上がるのだそう。一度見れば二度目もと、見比べてみる通の楽しみ方もありそうです。

夕日に染まる空の下で

〈祈り、未来へつなぐ〉

上森さん自身も中楽を3度、左引きの役回りまで務め上げました。次の機会には、世話人として後進を見守る番にあたります。奇しくもコロナ禍により、ここ数年は奉納が見送られているため、後進へのバトンタッチは、心機一転、再開される時になるそうです。

次の奉納では、指導役になるのですか? と尋ねたところ、「舞にも一人ひとりの色があります。誰だれがうまい、誰だれの真似をしたいなど、そういう話も出ていて、自分もまだまだ勉強し、色々吸収している身です。後進を育成するというのはまだまだ先です」と上森さん。

正式な奉納には、年齢や回数の決まりがありますが、同時期に、地域の決められた神社で行われる奉納には、古楽や世話人も太鼓を担いで参加します。上森さんも「生涯現役と呼ばれるくらいまでは頑張りたいです」との意気込みを聞かせてくれました。

幼い日の上森さん(中央)。おじいさんと親戚のお兄さんと

古くは、人びとの暮らしの願いを伝える舞として始まった感応楽。
上森さんは「昔からの伝統をつないでいきたいという気持ち、今はその願いを持って舞っています」と結びます。

大人と同じような恰好でミニ太鼓を抱え、舞手の周りで真似して舞うのが「側楽(がわがく)」。物心つく前から「側楽」として感応楽に参加していた

風流踊のユネスコ無形文化遺産への登録が決定した際の決議文書に、このような記載がありました。
 
—しばしば深刻な自然災害にも見舞われる生活の中で、各地のコミュニティは、平穏な暮らしへの望みを表現するため、儀式的な芸能を創造してきた。人々の望みと祈りが込められた儀式的踊りを、人類の無形文化遺産の代表的な一覧表に記載することを決定する。(文化庁仮訳 一部抜粋)

時代が進み、深刻な干ばつが引き起こす飢饉や、疫病の蔓延により、一つの地域が壊滅的な打撃を受けることはなくなった現代。風流踊は、世代を超えた人と人との結びつきとコミュニティの力を、国や世界へ発信する新たな役割を得たようにも感じられます。

土地に根差した古の人びとの祈りのかたちに触れ、感応する。
筆者も、そんな旅に浸ってみたい想いを強くしました。

 

活まちの旅する記者 Tao

 

※トップ写真:大富神社提供

 

◆感応楽の保存、振興のための取り組み
感応楽の保存と振興には、感応楽保存会が中心となって取り組んでいます。「ぶぜん神楽祭り」で、特別奉納を企画するなど、市の主催で、感応楽の伝承と知名度の向上につながる活動も行われています。市と保存会の協働は、関係者自身にとっても、感応楽の客観的で正確な価値の理解につながり、そのことが伝承に向けた糧となっています。

◆興味を持った皆さんが、感応楽に触れるには……
奉納は、隔年(西暦の偶数年)でしか行われていないため、普段は見ることができません。保存会で発行している解説パンフレットや、大富神社境内に設置してある解説板で、内容を知ることができる他、YouTubeで動画配信が行われています。また、上記のような特別奉納の機会にお出かけになることもお勧めです。詳しくは、豊前市観光協会にお問い合わせください。
(解説板は、ユネスコ無形文化遺産への登録に伴い、2023年の秋を目途に作り替えられる予定です)

 

〈施設の情報〉
一般社団法人豊前市観光協会
〒828-0021 福岡県豊前市八屋2553 JR宇島駅構内
TEL:0979-53-6660(営業時間 9:00~17:00、定休日12/29~1/3)

文化遺産オンライン「感応楽」
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/400698

大富神社
〒828-0011 福岡県豊前市四郎丸256
TEL:0979-83-3450(受付時間 9:00~17:00)
https://ootomijinja.or.jp/