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伊達氏発祥の地、高子岡城跡に行くべき3つの理由
 

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2021.6.17

伊達氏といえば、独眼竜・伊達政宗。では、伊達氏発祥の地はご存知でしょうか?仙台でも、米沢でもありません。その名もそのまま、「福島県伊達市」です!伊達氏初代当主である、伊達朝宗(だてともむね 1129年~1199年)が、「伊達(当時の読み方は「いだて」)」の地を源頼朝から賜ったのが名前の由来。今回は、そんな伊達朝宗が姓を伊達と改めた後のはじめての居城である、高子岡城(たかこがおかじょう)跡について、「行くべき3つの理由」とともにご紹介したいと思います。
※ちなみに、北海道にも「伊達市」が存在しますが、福島県伊達郡出身である伊達成実が初代当主となった、「亘理伊達氏」が明治時代初期に入植したのが由来となっています。

理由① 伊達氏のルーツを垣間見ることができる

高子岡城は伊達家初代 伊達朝宗の居城で、伊達氏発祥の地として知られています。伊達朝宗は、常陸入道念西(ひたちにゅうどう ねんさい)という名前の常陸国の一豪族でしたが、「奥州合戦」と呼ばれる源頼朝が奥州藤原氏を倒すべく東北の地で争った戦い(鎌倉幕府確立のための最後の内乱)で活躍し、伊達郡の主へと成り上がり、「伊達」の名を賜ります。

伊達氏を名乗って以降、360年にわたって伊達氏はこの地を拠点としましたが、15代・伊達晴宗の代に将軍・足利義輝の命により米沢城に移りました。高子岡城跡には、伊達氏に関する案内や年表とともに、伊達市が福島ガイナックスとともに制作したアニメ「政宗ダテニクル」のパネルが設置してあります。

理由② 現代の桃源郷と呼ばれる景色

桃源郷と呼ばれる伊達市の高子岡城跡
画像出典:福島県伊達市観光ポータルサイト「だてめがね」(http://www.date-shi.jp/1016)

「ここは、現代の桃源郷なんて言う人もいるんですよ。」

私を案内してくれた伊達市の方は、そう言いました。高子岡城跡に着いてまず目につくのが鳥居の両脇に広がる桃畑。そして、新緑の里山の中に、ぽつぽつと桜などの花が咲いています。なるほど、桃源郷というのも言い得て妙だな、と思う景色が広がっていました。例年4月中旬が見頃だそうです。

なお、伊達朝宗が居城した際にはもちろん桃畑はありませんでしたが、鎌倉の鶴岡八幡宮を勧請して、城内に亀岡八幡宮を建立した関係で、現在でも鳥居や灯籠が入り口にあり、城跡の中腹には亀岡八幡宮が祀られています。

理由③ 登った苦労の先にある秘密

伊達市の高子岡城跡には桃畑が広がる伊達市の高子岡城跡には桃畑が広がる

高子岡城は、高子沼の東側に位置する、高さ平地より約40メートルの小高い丘に建っていました。北側と西側は断崖になっており、かつては阿武隈川が流れていたそうです。防衛上、優れた立地だったというわけです。この丘、登るのはそこまで難しくないですが、普段運動不足の人はちょっとだけ息が切れるかも。そして頂上に着くと・・・

 

伊達市の高子岡城跡の頂上は絶景が広がる

絶景が広がっています!登るのはなかなか大変でしたが、風が気持ちよく、爽快感を得ることができます。

また、江戸時代中期の漢文学者・熊阪覇陵(くまさか はりょう)が、高子岡城周辺の風光明媚な景勝地20か所を選び、それぞれの地に名前を付けて、漢詩(五言絶句)を詠んだ景勝地ともなっています。

高子岡城跡は、伊達氏の明確な遺構が確認できるわけではありません。しかしながら、伊達氏発祥のロマンと由縁を感じ、さらに絶景を楽しめる。自分の好きな場所リストに加えるには、十分すぎるところでした。ぜひ、行ってみてくださいね。

活まち出版社 新人ライターS

住所:福島県伊達市保原町上保原字丹露盤

アクセス:阿武隈急行高子駅から徒歩5分