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記憶と記録に残る体験記。
「東川のいちばん○○日」

極める   挑む   動かす  
2021.6.23

冬に旭川空港に降り立つと、空港の駐車場に停めたマイカーは、いつもだいたい、こんな感じで迎えてくれる。

帽子みたいに見えるし、おかっぱ頭のようでもある。
積もった雪下ろしを、どこから手を付けようかと迷うのは、ソフトクリームを最初に食べ始める時と似ているのかなと、勝手に思っている。

話は少しそれるが、旭川空港の就航率は99%だ。
厳寒の北海道の真ん中にありながら、毎年、驚異の数字を叩き出している。

そしてそれを支えているのは、農閑期の近隣農家でつくる除雪隊。
地元の天気を知り尽くし、熟練の技術とチームワークがあり、「絶対、飛行機を滑走路に降ろすぞ」という熱意、それらがこの驚異の数字の、根拠となっているらしい。

さて、話を戻して、2021年3月1日月曜日。
私は、北海道東川町にいた。
その日、まちの中心にある「農村改善センター」での会議が終わり、外に出た。

大雪の北海道東川町

空はどんよりと曇っている。
雪はさらさらで、歩くと「きゅっ、きゅっ」と、雪がしまる音がする。

その日の夜。
旭川へ出かけて、東川に戻ろうとする頃に、雪の降り方が激しくなってきた。

車を走らせていると、横なぐりの雪で、どこからどこまでが道なのか、はっきりしない。
「確か、ここ2車線のはずだけどなあ」
「轍がない。いや、見えない。いや、少しあるか、でも、反対車線の轍かも」
心の中でつぶやいても、ぼやいてみても、現実には、車道の幅が、左側からだんだん狭くなってきているように感じてしまう。
周りの景色は白一色。信号もよく見えない。前を走っているはずの、車のテールランプの光も暗くなってくる。もはや、前に車がいるのか、後ろから車がついてきているのかさえ、全くわからない。車のスピードも、自然とどんどん落ちてくる。

そういえば、以前、東川の役場の人との雑談で、
「冬に雪道を車で走っていて、もし、ホワイトアウトになったら、絶対に車を止めちゃだめだよ。後ろから追突されるから。勘でゆっくり走るしかないよ」って言われた記憶と意味が、今更ながら、よくわかる。
北海道での運転中のホワイトアウト

雪国育ちでもないし、雪道運転の経験もそんなにないし、ましてや、「ホワイトアウト」なんて、イメージさえ持てなかった。

そんなことをあれこれ考えながらも、まさに、ほうほうのていで東川に帰り着いたのは、夜10時をまわっていた。

明けて2日、火曜日。

昼間には、町内であれこれ仕事や用事をし、最後に、役場での打ち合わせを終え、外に出たのが午後6時すぎ。あたりは真っ暗。大粒の雪がどんどんと、降り注いでいる。

で、よく見ると、役場の正面に停めていた車の前の道が、消えている。
いや、正確に言うと、前も後ろも、横も、ぐるり一面が雪。
直感的に言うと、雪だまりの中に車が沈み込んでいる。

「たった1時間ほど前に停めたばかりなのに…」
呆然と立っていると、通りかかった車の中から、さっと女性が降りてきて、
「大丈夫ですかー。雪どかしましょうかー」
と、言いながら、雪かきスコップで手際よく、ささっと周りの雪をかいてくれた。

「すみません。ほんと、助かります」ってお礼を言いかけたら、なんと、その女性は、とってもよく知っている、役場の職員さんだった。
「あれー。こんな日に来られたんですね。もう車動くと思いますよー。今日はこれからも、たくさん雪降るみたいですよー。気をつけてくださいねー」って言いながら、季節に似合わず、さわやかにその場を立ち去った。

私は、心の中で「東川の人は、なんて優しいんだ。向こうはこっちが知り合いだと思わず、駆け寄ってきてくれたんだ。あーいい人だ。雪国の人達は、そうやって助け合って暮らしてるのかな。いや、やっぱり東川は特別なのかな。どうなのかな」なんてことを考えながら、車を動かし、その場から脱出することに成功した。

すぐに、前夜の出来事が頭をよぎったので、コンビニで夕食の買い出しをして、宿泊先の「東川暮らし体験館」に舞い戻ったのが、午後7時。

それからテレビも見ず、外の様子も気にせず、黙々とパソコン作業をして、眠りに付き、目が覚めたのが、翌朝、3月3日水曜日、7時半。

さて、ここから先の出来事も、初体験の連続だった。
雪かきショベルでの大量除雪。雪に埋まったゴミステーションの発掘。引っ張っても凍って空かない車のドア。動かない車のワイパー。などなど。
3月としては観測開始以来の積雪量だった東川町

後でわかったことは。
あのときの積雪量は、東川周辺では、3月としては観測開始以来だったこと。
3月2日の旭川空港は、さすがに欠航となったこと。

そして、あのとき「東川暮らし体験館」で、めったに味わえない、いろんな「体験」をしたのは、たぶん、私だけだったこと。
あの日のことは、勝手に「東川のいちばん体験日」として、整理することにした。

活まち役場 まちづくり係K