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東川の「たべる」
 

親しむ   極める   つくる  
2023.10.13

 

テリーさんは「たべものの森」、food forestに住んでいる。
その名の通り、彼女の庭には、カシス、ケール、にんじん、レタス、麦など、ニョキニョキとたべものが生い茂る。
アメリカ人のテリーさんは、東川に来る前、大学で科学を教えていた。でもここでは、炭素だの窒素だのという、学問用の無味乾燥な単語は使わない。
そのかわり、大切な友人のことを話すような調子で、植物のことを教えてくれる。

「植物は自分で自分の場所を見つける。人間はそれを助けてあげるだけ。」
彼女はその善き友人のために、東川町でコンポストワークショップの講師を務め、「土ともだち」を増やしている。

庭を案内しながら、テリーさんは、地面にごろごろ生えたいちごをくれる。
「自分で」生えてくるものは、土と同じ温もりを宿した、野生の生き物だ。その赤い果実の風味は、濃くて甘い。お金と交換する目的で人間が飼い慣らしたものとは、違うのだ。
今後、「たべものの森」は増殖し、私の庭にもニョキニョキと生えてくる予定。
カシスやケールが、私の庭を気に入ってくれるといいのだけれど。

 

大門さんは84歳。明治時代から東川に建つ自家菜園つきの一軒家に住んでいる。
いつもカクシャクとして、畑の世話も、チェーンソーの手入れも、大工仕事も、何でも自分でこなしてしまう。
家の前を通りかかるたびに、あれやこれやと分けてくれる野菜は、そのどれもがひどくおいしい。

去年の越冬キャベツには、本当にびっくりした。
大門さんに教わったやり方を忠実に守って雪に埋めたそのキャベツは、零下20度にもなる屋外で、ゆうに3か月以上もそのみずみずしさと甘さを保ったのだった。
冷蔵庫の野菜室では、数日前に買い過ぎたものが、早速しなびてきているというのに。
「いくらでもあるんだから、ほら、持っていけ。」
と、大門さんは言う。その言葉に嘘はない。
本当に、畑の上手な大門さんの庭からは、太陽と水と土で作られたものが、次々に育ってくる。キャベツも、大根も、さつまいもも、チューリップも。
夕暮れどき、納屋の前でおいしそうに煙草を喫んでいる大門さんを見かけると、なんて豊かな人生だろうと溜め息がでる。

うらやましい。
私もこんな84歳になりたい。
次に通りかかって会えたら、甘いもの好きの大門さんにお礼に渡すために、私はひそかに小さな羊羹をいつも携えている。

 

廣川さん夫妻はピーマン農家さん。
敷地に沢山あるビニールハウスのひとつは、仲間で共用していて、趣味でいろんな野菜を育てている。
廣川さん夫妻は、大らかで風通しがいい人柄だから、いろんな人が出入りする。
園芸上手のシバタさん。元理容師のタナカさん。お隣りに住むナラさんのおばあちゃん。
そして移住したてで超・畑初心者の私。
「アスパラは早い者勝ちよー。」
黄色い長靴でいつもお洒落なタナカさんが声をかけてくれる。

夏の初め、みんなでやるBBQには、畑で採れたやわらかなピーマンがたっぷり登場する。
野菜の旬は短くて一気に採れるから、育ったものは、みんなで分け合う。
きゅうり、美味しかったねぇ。
ハーブはどんどん芽が出るねぇ。
野菜と一緒に、実った喜びも、みんなで一緒に分け合う。

もしも、温室仲間が全員並んで、「この人たちのつながりは何でしょう?」と知らない人にクイズを出したら、絶対に答えを当てられっこないだろうという自信がある。
そのくらい、てんでバラバラな人生を送る人たちを、廣川家のひとつの温室が、ゆるやかにつなげている。

 

私は、毎日、たべる。
東川に住む人が、育て、分けてくれるものを、たべる。
たべることを通して、私という存在が、東川をめぐる春夏秋冬と町の人々の間に、編み込まれていく。
テリーさんが、大門さんが、廣川さんが、東川の土で育てて、分けてくれるもの。
そういうたべものを口にすると、安心する。
たくさんできたから、あげるよ。
お礼なんて要らないから。タダ飯食いでも、いいんだよ。
ただそこにいても、いいんだよ。
ただ、たべて、存在していることを、許してもらえる。

もらった野菜には、ビタミンやミネラルに混じって、「豊かさ」という栄養素が含まれており、きっと私はそれをたべて身体に取り込んでいるのだ。

 

狐水亭

 

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