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「生涯活躍のまち・つる」という理想郷(後編)
 

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2023.5.19

前編(「生涯活躍のまち・つる」という理想郷(前編))では、「生涯活躍のまち(日本版CCRC)」の取組が国内で導入された経緯や、都留市が進めてきた「生涯活躍のまち・つる」の取組内容等について紹介してきた。後編では、都留市の「生涯活躍のまち」について何がすごいと感じるのか、私の感想を踏まえ紹介したいと思う。

前編で紹介したように、「生涯活躍のまち・つる」は、まさに日本版CCRC構想が当初目指した「東京圏をはじめとする高齢者が、自らの希望に応じて地方に移り住み、地域社会において健康でアクティブな生活を送るとともに、医療介護が必要な時には継続的なケアを受けることができるような地域づくり」の王道を行くような形で進行している。

建設中の「田原交流センター」

しかし、実際に高齢者移住や、サービス付き高齢者向け住宅の整備を核とした「生涯活躍のまち構想」を形にできた自治体は、都留市以外で私は聞いたことが無い。
実際には、高齢者よりも若者を求める住民感情、サービス付き高齢者向け住宅等を運営する民間事業者の誘致、各種ハードの建設費用等、計画を実行に移すには様々なハードルが存在するのである。
そういう状況もあり、令和元年12月20日に閣議決定されたた第2期「まち・ひと・しごと創生総合戦略」では、これまで中高年齢者の移住に重点が置かれていた「生涯活躍のまち」について、移住者や関係人口、地元住民双方を対象とした「誰もが居場所と役割を持つコミュニティづくり」施策として、その位置づけが変わり、対象とする年齢層についても、「中高年齢者に限らず、全世代を対象」と拡充されたことは記憶に新しい。

前編で紹介した報道番組に出演した堀内 富久(ほりうち とみひさ)都留市長は、インタビューの中で「シルバー関連事業を興すことで、新たな産業や雇用を生み出していきたい」と話をされていた。
何でも「シルバー産業の構築・推進」は、堀内市長が平成25年に初当選を果たした際の選挙公約でもあるそうだ。
多くの自治体が、その当時に作成した「〇〇市 生涯活躍のまち計画」の変更や撤回を余儀なくされる中、堀内市長の掲げた公約を実現するため、約10年間もの間、一丸となり実直にその可能性を追及し続けてきた都留市の姿勢には、とても感銘を受けるものがある。
恐らくこの間、様々な課題にぶつかりながらも、それを乗り越えるため、数えきれないほどの苦労をされてきたことであろう。

 

都留市CCRC構想研究会

今回、都留市の進めてきた「生涯活躍のまちづくり」の歴史を振り返って感じるのは、「生涯活躍のまち・つる」は、間違いなく理想郷に近づきつつあるということだ。
なぜなら、都留市は平成25年にシルバー産業の振興を市政運営の最重点項目に掲げて以降、市全体でこの壮大なプロジェクトを着実に推進してきた経過がある。
庁内では市長の強いリーダーシップの下、担当課である企画課の他、5つのプロジェクトチームが設置され、「居住環境整備」、「大学連携」、「地域連携・生涯学習」、「健康づくり⽀援」、「移住定住促進」のプロジェクトについて関係部署の若手職員を中心に、分野を横断して議論がされてきた。
また、官民連携・市民参画により事業展開を進めるために設けられた「都留市CCRC構想研究会」は、これまで13回開催され、多くの事業者や市民が「生涯活躍のまち・つるづくり」に参画してきた。

目を閉じると、様々な地域から理想郷を求め集まってきた中高年齢者の方々が、市内の大学で学生と一緒に学んだり、自然の中で富士山の恵みを満喫したり、地域交流センターで様々な世代の地元住民の方と交流したりして、活き活きと暮らす姿がイメージできる。

いつかこの壮大なプロジェクトが完成した際には、私もその姿を見てみたい。そして、そこに至るまでのエピソードを聞いてみたい。
きっとそこには「生涯活躍のまち・つる」という理想郷が広がっていることだろう。

 

活まち生花店 店員K

 

【参考】

〇都留市ホームページ 「生涯活躍のまち・つる」事業について